鷲の巣

NFL フィラデルフィア・イーグルス(Philadelphia EAGLES)の応援ブログ

Brandon Brooks

また一つSB52は遠い思い出となった。

Brandon Brooksの引退。
昨日ちょうどその時に備えてキャップの整理をしたが、こんなに早くこの日が来るとは思っていなかった。準備はしていたつもりだがやはりこみ上げるものはある。

 

■数奇な出会い
2012ドラフト3巡全体76位でMiami(Ohio)からHOUの指名によりプロ入り。
ところがその76位指名権はPHIのオリジナルピック。これがなぜHOUの手元にあったかというと、その直前の3月に起こった、今を時めくDeMeco Ryans(現SF DC)のトレードによるもの。
PHIがHOUからRyansを受け取り、代償としてPHIの4巡指名権に加えて双方の3巡指名権(PHI:76位⇔88位:HOU)のスワップを実施。

その年のPHI指名は1巡がCox、2巡が2017オフにゴネてカットされるまで主力であり続けたLB Mychal Kendricks、そして3巡88位がChipに干された後にPHIに舞い戻り救世主としてSB MVPにまでなったNick Foles、という大当たり年であった。

HOUでは2013から先発に定着。2014にかけて順調に成長を見せるが、2015に一時パフォーマンスを落とす。そのオフは結局HOUから放出され、Kelechi Osemele・Josh SittonらがいたOGのFA市場では中堅どころの評価。
PHIはゾーンブロッキングの上手さを評価した形跡があり、そういう意味では大正解。

2016に約束の地・PHI加入後、すぐにRTのLane Johnsonとは兄弟の契りを交わし、Stoutlandの指導の下で2017から3年連続のプロボウル選出。

残念ながらAPが選ぶALL-Proには縁がなかったが、Lane・Brooks・Kelceの強力な右サイドはSB52の重要なピースであったし、何よりも記憶からは消えない。

 

■全盛期
やはりプロボウル選出の2017~2019の3年間が全盛期。
2019にはPFF”全OLの中で最高”という評価を下すまでの存在になる。
パスプロテクションにおいては異常に強いアンカリングでDTたちを一歩も進ませず、2016の加入以来許したサックがたったの4回だけ。
ランブロックでは両隣と力を合わせてD#を一掃する。運悪くLBとかDBがBrooksと出くわすとただでは済まないという力強さ。

これらは映像でご覧いただきたい。
"好きなプレーをコールしたらいいよ。いつでも走る穴は空けといてやる。"と言い放つ様は最高である。

 

■闘い
しかしこの男が全米レベルで耳目を集めたのはプレーによってではない。
そのタフネスを体現したようなプレーぶりではなく、自分との闘いによるもの。

2016シーズン中、不安障害を告白

若い頃からずっと悩まされていた試合前の吐き気等の症状に初めて名前が付いたのはPHI移籍後。とにかくどんな検査を受けても”問題なし”という結果が返ってくる症状に対して、”ストレスからくる不安障害”という診断を下したのはPHIの当時のチームドクターだったとか。

本人の描写によると「泳げないのに深いプールに放り込まれて必死で溺れないようにもがいているような」症状だったとか。
そしてそんな彼に”ライフジャケットを投げてくれた”のがOLC Jeff Stoutlandと兄弟・Lane Johnson

2人はとにかくフットボーラーとしてではなく、人間として背中を支えてくれたと強い感謝を口にしている。
元気なときはフィールドで完璧になるようにコーチしてくれる存在であり、病めるときはまったくフットボールの話などせず、生きること、いかに自分を支えたいと思っているかについて語るビッグファーザーと、遠征先の試合前にホテルの自室で嘔吐しているときに部屋に来てずっと背中をさすってくれた大男との結びつきを想像すると涙なしではいられない。

今季Laneが鬱病でチームから離れたとき、BrooksはもちろんLaneの家に見舞いにいったそう。「最初は何も言わなくて、ただそこに座っていた。言葉が必ずしも必要ないこともある。ただそこに座って、2人で人生について考えた。浮き沈みとか、人生における闘いについてとか。フットボールの会話でさえなかった。Laneが浮き沈みを通して俺の背中を支えてくれていたように、俺もLaneの背中を支えていたかった。」とはBrooksの回顧。
引退会見でも”2人とはずっと家族だ”と述べている。

2016年当時のBrooksは、確かに嘱望されて大型契約をPHIとは結んでいたが、それでもまだプロボウルに選ばれるような選手ではなかった。そんな確固たる地位も築いていない男が自分の”弱さ”を吐露することにはかなりの勇気が必要だったはず。その時のことについて、彼はこう述べている。
「確かに不安だった。だけど、今起こっていることを正直に話し、同じことを経験している人たちに手を差し伸べ、助けることができたことは素晴らしいことだった。」

そんなに昔のことにも思えないが、当時現役のトップアスリート、ましてNFLのOLというタフガイというかスーパーヒーローの象徴のような大男がメンタルヘルスの問題を告白することはあまりなかったことのようで、この問題に光を当てたのは”信じられないほど勇敢”だったという評価もある。

その後セラピー等も順調に効果を発揮し、しばらく症状は治まっていたようだが、2019シーズンに再び発症。試合中にサイドラインで盛大に吐いたことで途中退場。

とにかく真面目で正直で完璧主義者で責任感が強い男。この途中退場した試合でも「弱った状態でも、脱水状態でも、何が起こっても、それでもチームに必要ならプレーしようとした」というが、さすがにPedersonも止めた様子。そしてこの時がBrooksが苦しんでいる様子をLane以外のチームメイトが生で見た初めての機会になった。

2020・2021と最後の2シーズン合計で2試合しか出場は叶わず、復帰を目指してリハビリには励んでいたようだが、やはり寄る年波には敵わなかったのか、思うように回復せず引退を決意するに至ったとのこと。

 

■穴埋め
野暮だな。
DriscollかHerbigが候補になる。Seumaloが右に移るという選択肢もあるがSeumaloにしても2022が契約最終年であり早急にドラフトでの補強が必要。

 

サラリーキャップ
野暮だな。
昨日紹介したのが以下だったが、どうやらその後2022のキャップを抑えるような再構築を実施していた様子で、キャップセーブは11M超。
しかし通常引退する選手からは剥がすことが多い一部ボーナスについて、PHIはこの功労者にしっかり払う決断をしたそう。Rosemanにはこういう良いところがある。

eagles-nest.hatenablog.com

 

HOUからPHIまで、今の彼を形作るのに影響を及ぼした人間数十人に対して、引退発表の約4分間を感謝に充てたナイスガイ。
生まれはウィスコンシンだが、引退後もフィリーに残ってペンシルバニア大学のビジネススクールに入学する予定とのこと。

たぶん殿堂入りとかそういう記録には残らない選手ではあったのだろう。
だが、真面目で、繊細で、正直で、献身的で、チーム想いな、それに加えて誰よりも強くて素晴らしい選手であったBrandon Brooksという大男がいたことを私は忘れない。

もうあの自身の内面の葛藤を隠すかのような自信に満ちた力強いプレーを見ることができないのは寂しいが、ここからまた新たに歩み始める彼の第二の人生に幸多からんことを今はただただ願っている。

ありがとう。そして、長らくお疲れさまでした。