鷲の巣

NFL フィラデルフィア・イーグルス(Philadelphia EAGLES)の応援ブログ

脳震盪とコンタクトスポーツの未来

MailataとDillardが同時離脱した件ではなく、もっと広いコンタクトスポーツ全般における脳震盪のお話し。
NFLでも7月末に各チームがキャンプインするなかで、昨年までと一番異なるのが、OL・TE・DL・LBという恒常的にコンタクトが発生するポジションに着用が義務付けられた"ガーディアンキャップ"というやつのせいで頭身のバランスが崩れた選手たちのかわいらしい姿。
これも、キャップインの少し前に新たな研究結果が出された、脳震盪というか反復的な頭部への外傷と引退後の人生における脳への影響に関する問題に大きくかかわる取り組みの一環です。

どうにも医学の専門用語が飛び交う分野の話であり、門外漢なだけに慎重には書きますが、コンタクトスポーツ自体がなくなってしまう悲しい未来もあり得るかもね、だけどそうはならないようにしたいね、という結論です。

歴史

20世紀初頭からコンタクトスポーツにおける脳震盪とその後遺症への危険性についてはなんとなく認識されていたが、この問題が一躍注目を浴びたのが、1970年代から80年代にかけてPITの黄金時代を支えて4つのリングを獲得した殿堂入りC Mike Websterさんの死。50歳の若さで2002年に亡くなった彼は引退後、記憶喪失・認知症うつ病といった症状に悩まされ、周囲から見ると”奇行”としか思えない行動を繰り返す。
その彼が心臓発作で亡くなったのちに元NFL選手で初めて”慢性外傷性脳症(CTE)”という診断を受けたことが話題を呼び、コンタクトと脳への影響についての議論が巻き起こる。
CTE自体は1920年代にボクサーで初めて診断され、そこから長い間、頭部への打撃との関連が噂されてきたもの。
一方で、解剖してみて初めて正確に診断できるものだそうで、なかなかサンプルも集められず研究の進捗は思うに任せなかった。

NFLとしては1990年代以降、先代のコミッショナー時代から委員会を立ち上げて研究と対策を進めてきたところではあったが、この委員会自体がだいぶ評判も悪く、なにせ”一度脳震盪を起こし、プレーに復帰しても、同じ試合やシーズン中に2回目の脳震盪を起こす危険性は高くない”というような今からすると考えられない結論を残している。これが2005年というつい最近の出来事です。従い、対策側もあまり進まなかった様子。

しかし2000年代後半から2010年代初頭にかけて、
・前述の委員会に否定的だった脳神経系の専門家の皆さまによるあらゆる論文の発表
・2009年の当時現役NFL選手だったChris Henry(CIN)の事故死と解剖によるCTEの確定診断という衝撃の出来事(しかもHenry自身はカレッジ・プロを通して”脳震盪”での欠場歴皆無)
・2012年の、のちに殿堂入りするレジェンド・Junior Seau(SD・MIA・NE)の自殺と、CTEの確定(当初地元当局による検死結果では「脳損傷の兆候なし」と診断されたが、遺族が持ち込んだ専門機関による調査で「反復的な頭部損傷にさらされた人々」同様、CTEであるという結論が出されたもの。それぐらいCTEの確定は難しいようです。)、そして晩年のSeauが不眠など身体の不調に苦しんでいたさまを見続けてきた遺族によるNFLへの提訴
といった一連の出来事で完全に流れは変わる。

NFLは反復性頭部外傷を負った選手がアルツハイマー病の早期発症、認知症うつ病、認知機能障害、注意力の低下、記憶喪失、不眠、気分変動、人格変化、慢性外傷性脳症(CTE)と呼ばれる脳の病気にかかるリスクがあることを知っていたか、知っておくべきだった」として2011年に始まっていた元選手によるNFLへの提訴を筆頭に、リーグを訴えた選手の数は結果的に4,500人以上に及んだ。
そしてこれらの裁判はまとめて2014年に和解が成立。
これによりNFLは765Mを拠出し、1万8000人以上の元選手に医療支援を提供したりCTEと確定した遺族に最大4Mを支払うこととなった。が、NFLに法的責任はないのだとか。そして、恒常的な仕組みではなくあくまでこの裁判に関する和解なので補償対象となる人は限定的(例で言うと、前述したMike Websterさんのご遺族は時期が古いため補償対象外)であったりとまあ批判もある。
(以上、ほとんどWikipedia参照)

今回の論文

2022年7月22日に”Frontiers in Neurology誌”というその名の通り神経に関する医学誌だと思われるものに投稿された論文がちょっと前に話題になっていたもの。

こちらは、RHI(Repetitive Head Impacts:反復性頭部外傷)とCTEとの関係について書かれたもので、世界の9つの大学の研究者と、コンタクトスポーツのアスリート269人の脳を調べたボストン大学の脳バンクと提携している団体によるもの。
CTEは死後でなければ診断できないが、今回の研究では、アメリカンフットボール、サッカー、アイスホッケー、ラグビーオーストラリアンフットボールレスリングなどのコンタクトスポーツの死亡選手の脳を世界で約1,000個調べ、その結論に依拠したとしている。


趣旨は以下の通りです。
・RHIとCTEとの因果関係に関する証拠は不完全であり、他の研究と同様に、永久に不完全なまま。
・一方で、ある基準(科学の分野で用いられる、観察された関連性が因果関係として認定できるかどうかを判断するための枠組み)を用いると、RHIがCTEを引き起こすという結論に高い信頼性がある考えられる。
NFLなどのコンタクトスポーツの選手は、そうした競技をしなかった選手に比べて68.8倍もCTEを発症しやすい。
・特に子どもたちがRHIにならないように関係する団体には速やかな行動が求められる。

”一方が原因で他方が結果、というつながり”を指す因果関係の証明が、それぞれにさまざまな環境の揺らぎのなかを生き、そして死んだ人間からしか診断できないCTEという病気については非常に難しいことがわかる。

この論文で一番懸念されるのが、ユースレベルでの危険性が認知されつつあり、裁判に進む例もちらほら出てきていること。
なんとしても早急に対応をとらなければスポーツ自体の裾野が狭まってしまいかねない情勢に追い込まれつつある。気がする。

NFLの立ち位置

NFLは、同じく脳震盪が多いスポーツの団体とthe Concussion in Sports Group(CISG)という研究団体を組んでおり、加盟団体はNFLをはじめとしてIOCFIFAなどなど錚々たるメンツ。
このCISGの立ち位置は一貫しており、”RHIとCTEの間に因果関係はない”というもの。

一方で最近になって、昨年若くして亡くなったVincent Jackson(SD・TB)やDemaryius Thomas(DEN他)が相次いでCTEと診断(Thomasは最近"CTEじゃないけど死因は不明"という検死結果が出ていたが、Seauの例を見てもまあ…)されるなどこの問題はまだまだ続きそうな勢い。

他のスポーツで言うと、ラグビーがかなり深刻なようで、元選手の認知症やALSの発症などが顕在化し、これらの元選手による集団訴訟が発生しているという状況。
サッカーにもそれなりに影響が出そうだとのこと。
これはヨーロッパを中心にした話だが、結論次第ではNFLにも飛び火しそうな予感もある。

対策と進歩

もちろんNFLもただ指をくわえているわけではないし、希望の光も射してはいるようなので、そういった対策と進歩について。

Luke Kuechlyさんの場合

ここで登場するのが脳震盪に悩まされたレジェンド・Luke Kuechly。
覚えているだろうか。彼が選手時代の晩年に頸部に巻いていたなにかを。

上の写真はESPNさんから拝借したものです。ごめんなさい。
よく見ると首のところに黒い何かが巻かれている。当時は”意識高い系の心拍数とか図るやつかな?”と思いながら見ていましたごめんなさい。

これ、”Q-Collar”と呼ばれるもので、Qはのちほど触れるとしてCollarは襟とかそんな意味だと思いますがあまりにも訳が難しいのでQカラーと以下表記します。
Qカラーは、Kuechlyが2017年にNFL選手で最初につけ始めた当時はまだ実験的な装置というか器具で、"首に巻き付ける細いバンドが頸静脈を圧迫し、頭蓋骨内の血液量を増やして脳へのクッション効果を高め、脳が頭蓋の内壁にぶつかって起きる脳組織の損傷を軽減する"というもの。
違うんでしょうが、自分でいい具合に首絞めながらプレーしていたと理解しております。

この製品の発想は結構面白くて、外傷性脳損傷に関する米陸軍主催の講演会の後段で、ある軍人が講演者の医学博士のスミスさんに口走った、「キツツキが頭を木にぶつけても頭痛を起こさずに飛び去っている原理を解明したら、この問題は解決するんじゃないだろうか」という発言がきっかけ。

その発言が頭にこびりついて離れなかったスミスさんは、その後9ヶ月をかけて、キツツキ(あいつらは木をつつく際、舌で頸静脈を圧迫することで脳への血流を増やして衝撃を抑えているそうです)や、頭突きを繰り返す羊やキリン、数百メートルとかの結構な上空から水中に飛び込んで餌を捕る鳥とか、そういった自然が提供してくれるサンプルを研究。
その研究結果をもってスミスさんと"Q30イノベーションズ"というコネチカット州の会社と共同開発した製品がQカラーだったということです。

母校の高校でこの製品を試していたこともあって着用を勧められたKuechly自身は、”効果があるかどうかわからないが、失うものは何もない”という藁にも縋る想いでQカラーをつけ始めたようだが、次第に効果を実感していき、ないと不安になり、そしてとうとう彼にとっては”ショルダーパッドとかマウスピースと同じもの”という位置づけになったという。
2018年のインタビューでは”選手生命を伸ばしてくれている存在”だと述べ信頼を明らかにしている。
その後、”Kuechlyがつけていた”という広告効果も相俟って研究は進み、Qカラーは2021年2月、めでたくFDA米食品医薬品局)から認可を受けている。

この認可の影響や、Kuechlyという情熱と誠意を感じる広告塔の積極的なPRもあって、現在では同じく激しいコンタクトが売りであるラクロスボブスレーの選手にも広まっているそう。

リーグとしての取り組み

NFLでは、各チームというレベルでは自軍の選手を守る意味でタックルの方法を進歩させるなどの努力はあったが、(NCAAがターゲティングルールを厳格に運用していることと比較して)リーグとしては脳震盪プロトコルの運用以上のフィールド上での目立った動きは見えなかったと思っている。

しかし試合以外のところでは、CBA改定に併せて各チームのフルコンタクトでの練習回数の制限を徐々に厳しくするなど、対策はなされてきた。

そして今キャンプからは、例のガーディアンキャップの装着義務化という観客にとってわかりやすい形で対策が打たれたもの。
このガーディアンキャップ、実は10年前から研究開発されていたものだが、2017年に、NFLの"Head Health Challenge"という有望な安全技術の種を蒔くNFLのコンペを通じて資金を獲得、さらにNFLがテストに出資する形でますます研究と開発が加速したものだそう。
スピードがNFLより遅いユースレベルでは33%の衝撃軽減を、NFLレベルでも20%の衝撃軽減を実現するという結果が出ているそうで、コンタクトが恒常的に発生するポジションに限っては、プレシーズンゲームを除いて開幕まで着用が義務付けられている。

ガーディアンキャップに限らず、最近Patrick Mahomes(KC)やDavante Adams(LV)なんかも着用している、よりソフトなシェルを使用した"The Vicis"という新型ヘルメットも、Head Health Challengeを通じて資金援助を受けて作られたものだそう。

あるいは一時期Antonio Brown関連で話題になっていた、"安全性の基準を満たさないヘルメットの着用を禁止する"、という取り組みも2015年から始まっている。

やるべきことはしっかりやっているという印象です。

ちょっとした論争

このガーディアンキャップに対して、もちろん異論は出ている。
NYJのHCであるRobert Salehは、”ガーディアンキャップによってクッション性が高まるのはわかるが、一方ガーディアンキャップをつけた練習によって、プレーで頭部を使ったブロックなりヒットをしてしまう悪いクセがついてしまう可能性があるし、事実もうそうなっちゃってる。”というもの。
彼としても”反対だ”というつもりはなく、”あくまでもどの時点でどこまで選手を守るか、という程度の問題で、試合を現行のヘルメットで実施する以上、選手の技量も含めて極端になりすぎなければよい”という立ち位置だと理解している。

あるいはGBのHC  Matt LaFleurは、”キャップが外れたときのことが心配だが、キャップ着用が意図するところは完全に正しいと思う。すると今度は、なぜ試合では着用しないのか理解できない。"とのこと。

その他、選手サイドからは、DTのShelby Harris(SEA)も最近になって発言をしている。
曰く、”ガーディアンキャップをつけた状態で頭からヒットしても衝撃がほとんどないんだから選手としては痛みという身をもっての気づきと反省がないので自分の技術の修正のしようがない。必要な技術が身についていない状態で出た試合ではキャップがないんだから試合でのケガが増えそうだよ。良いアプローチとは思えない。”
とのこと。

お馴染みKelceおじさんは”プチプチつけたらさらに2~3%衝撃減るだろ”という謎理論を実践していたが、好意的に受け取っている選手もいるようなので捉え方は千差万別。


まあ変化を起こしたのだから論争が起きるのは当然。
ガーディアンキャップをつけたところで一発で全てが解決するものでもないでしょうし、やってみて検証する、ということで良いのではないでしょうか。

結び

アスリートの運動能力が加速的に向上していく一方で、遺伝的な要素が大きい身体(というか脳とか頭部)の構造がその向上速度に追いつくことはない思われるなか、このまま時代が進むと、もしかするとアメリカンフットボール・サッカー・ラグビー・ボクシング・打撃系格闘技各種・プロレス・ホッケーといった様々なコンタクトスポーツがなくなってしまう、もしくは現在のものと様相が一変している未来が来るのかもしれない。

【参考映像:100年間での人類の運動能力の進歩】


数々の研究結果や訴訟、さらにアスリート自身の運動能力向上とそれに伴う肉体的負担の増加という、現状維持だけではどうにもならない潮流にあって、打開のためにはやはり新たな取り組みが必要。
そしてそれには金がかかる。
だからこそ、上記各スポーツ団体の中でもだいぶ裕福な部類だと思われるNFLさんには、"Head Health Challenge"を筆頭に、積極的に新しい取り組みとか装具とか医療機器の開発や普及に金をかけていただき、是非選手の健康と、そして我々のエンタメを末永く守るべく頑張っていただきたい所存です。


過去から恐らくどこかの未来に至るまで、これらスポーツの栄光の裏で脳震盪による悲劇は、幸い自分の身に降りかかっていないだけであまたあるのでしょう。
こんなことは当事者じゃないから言えるのだろうが、せめてこの数えきれない犠牲を踏み台にして、賢明な未来が積み重なっていくことを切に願う。

今外野からできることは、もしかしたらそう長く楽しめるものではないかもしれないこのスポーツを、精一杯楽しむことだけなのではないかと来たる2022シーズンの開幕を前にして思った次第です。